☆今日も元気に、無節操グダグダ日記☆

Prev  «  [ 2017/06 ]   1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  » Next
プロフィール

いたろお

  • Author:いたろお
  • 気分よくいきたいね。
    ただのミーハーですが
    とりあえず、興味の向くままに。
    消えてる間に消しゴムはんこにはまりました。
ブログ内検索
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
FC2オンラインカウンター
いまいる人:
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

CHIBICCO☆GANG HP ↓
 ・・在籍中・・ 
20050202234307.gif

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

みらい。

昨晩深夜NHKの「その街のこども」を見ました。
森山未來と佐藤江梨子。ふたりとも神戸で震災の体験者。
未來は以前もNHKさんで震災ドキュメンタリーをやってたし、サトエリが芸能界に入ったきっかけや亡くなった友達の事は昔聞いた事がありました。だからこのふたりで震災のドラマをすると聞いたときは絶対に見なきゃいけないと思ったんです。
ふたりの自然な演技と、ちょっとロードムービー的な感じでなんかこの空気知ってるなーと思ってたらこれ、脚本が渡辺あやだったのね。納得です。
音楽も良かったし、なにより未來とサトエリのふたりが良かった。
前日の翔くんのドキュメンタリードラマとはまた違った角度からの震災にまつわる物語。
前へ進んでいくために逃げずに忘れてはいけないことがある。存分に泣かされました。

今回まったく予備知識なしでの視聴です。
未來は以前にも震災関係のドキュメンタリーをやっていてそれも見ていたんだけど、あのときの苦しんでいた姿が忘れられません。
どこまでも真面目で頑固で純粋で。必至になって向き合ってその強さを感じたのを覚えています。
今回、始まってサトエリも出てきて、ふたりが関わってくるにつれて、なんか凄く限りなく「森山未來」、「佐藤江梨子」に近い役柄で脚本が書かれているのかなーと漠然と思ったんだけどどうだろう?

居酒屋でふたりで当時の事を話しているシーンが印象深かったです。
リアルだった。ふたりともの正直なその当時の感情と大人になって今あの頃を振り返ったときの想い。
どちらも素直でリアルだった。だから怖かったしムカついたしでも共感する部分もあったと思う。
そして後半になるにつれて友達を想ってのサトエリの言葉には涙があふれて大変でした。

翔くんのドラマもそうだったけど、善悪ではなくて人の「心」ってのは強いもの。
頭で考えるのではなくて「心」で感じることの大切さ。
前へ進むためには後ろのこともきちんと受け止めて、悩んでも苦しくても忘れてはいけないこともある。
一緒に前へ進んでいくために。

さり気なくその背中を押してくれるようなお話でとっても良かったです。

テーマ : NHK
ジャンル : テレビ・ラジオ

C

omment

寒い朝でした。
あの日の前日、私は友人宅に泊まりに行ってました。
翌日、出張で早朝に出なければならず、より近い場所に泊まろうと思ったのです。

そしてあの揺れが来ました。
友人宅(高知県南国市)で震度4くらいでした。
皆飛び起き、「すごかったね」と言いながら、私はそのまま仕事に行きました。
車での移動でしたが、地震のことは一過性の事と気にもせず、ラジオもつけずに。
そして、職場に着いて、あの天災を知ったのでした。

我が家には西宮に親戚がいます。
何より、吹田の妹が心配でした。
電話は繋がりません。
するのは嫌な胸騒ぎばかり。
結局、妹は昼に、親戚は夜に無事が確認できました。

西宮の親戚は、マンションこそ倒壊しなかったものの、物が散乱し、部屋中水浸しに。
ところが、大阪の妹は、『すごかったけど、どうともない』との報告。

阪神・淡路大震災は、被害が局地的で、あの時、神戸の被災者の多くが、周りの都市がなんともないのに、どうして私たちだけ?という感覚を持ったようです。

私には解りません。
一生かかったって、人々が遭った地獄を、耐え難い慟哭を、真に理解することなどできません。
子が親の目の前で、親が子供を残して、恋人たちはこれが最後だと、死んでいったあの一瞬。
愛した街が、思い出と共に消えてしまうこと。

つらいと思う。
思い出したくないと思う。
でも、語らなければ、死んでいった人たちは忘れ去られていってしまう。
彼らの人生すら、無かったことになってしまう。
だから、被災者は語ろうとするのでしょう。伝えようとするのでしょう。

ドラマ、両方とも視ました。
視るのがつらかったです。
でも、視なければならない。
あの日、あの場所にいた人たちはもっとつらかった。
全てが現実だった。
だったら、それを受け止めるのは私たちの義務だ。
そう思いました。

ところで
…『その街のこども』…あのラスト、ひょっとして今年でしょうか?


けろ・よん太 URL | 2010/01/20 22:19 [ 編集 ]

Re: 寒い朝でした。
お返事おそくなってゴメンナサイ!!

あの出来事はあまり覚えていないにもかかわらず、今年で15年と聞くともうそんなに経ったのか!?
と、時の流れの速さにいつも驚きます。
そうか、けろ・よん太さんはもう働いてらっしゃってんですね。
妹さんも親戚の方も無事で本当によかった。

私は中学生でした。
大人になってからの知り合いに神戸出身の方がいます。
その方も当時中学生で、その子の地域は全くの被害もなかったそうなのですが、その当時を思い出したとき、修学旅行がなくなったそうで何でそうなったのかが当時納得できなくて悲しかったと話したことがあります。

色々な感情があって、その方の思いもまた否定するべきことではないんだろうなと年々思えるようになってきました。
毎年、震災のこの時期になるとその話を思い出します。

奇麗事ばかりではなくそう言う思いも確かにあったと聴けて私はよかったと思っています。

昔から、こういう震災の辛い記憶やそれこそ戦争の記憶、また差別の記憶など、知らなければなくなるじゃん。だったら語りつがなくてもいいじゃん。みたいな声は何時の時代も何処にでも聞くことがあります。
でもそうじゃない。
事実は事実で、そこにあった証を残していかなければ何もすすまない。。
何より、当事者たちの思いや記憶がなかったことになってしまう。
「ない。なくなる。」
それが一番怖い事で悲しい事。

人間の強さを信じて語り継ぐ勇気をもらえたドラマだったです。

因みに、あのラスト。
撮影は昨年で終わっていますが、あのラストだけ今年の1/17に撮ったらしいです。

スギ URL | 2010/01/23 12:25 [ 編集 ]


T

rackback

この記事のトラックバックURL

http://kyn03.blog4.fc2.com/tb.php/697-47bc06d3


カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
ついったー
最近の記事
月別アーカイブ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。